About The Maruo Method

  〜響きが映し出す無限の音楽世界、"現代ピアノ奏法"について〜

私は現在、現代ピアノ奏法(ロシアで培われたピアノ教育であり、その起源は19世紀ロマン派のショパンやリストに遡る)を基に演奏活動、指導等を実践している。
現在日本国内においても、「ロシア奏法」や「ロシア流」等といった、様々な名称で広まりつつあるピアノ奏法の一つ。ロシアという国名が入っているため、確かにロシア人ピアニストの多くは幼少期からこの教育を受けているが、最近は国境を越え日本国内においても専門家にとどまらず、アマチュアの間でも親しまれるピアノ奏法となっている。

私は大学に入学した頃から、自分のピアノ奏法に限界を感じていた。特に音数の多い作品、フォルテ等の大音量を求められた時、弾きにくさも勿論だがそれ以上に自分の出す音が硬く、うるさく、気に入らなかった。せっかくピアノを弾き続けるなら、自分だけにしか出せない特別な音色で作品を弾きたいと渇望。
様々なピアノ奏法を試して悩む日々が続く中、インターネットで大野眞嗣先生のブログに辿り着いた。半信半疑で読み進めていくと、私の細々とした悩みに対する答えが書かれており、更には現在の国内外におけるピアノ界の現状等についても貴重な意見ばかり。
早速伺ったレッスンで先生が弾いて下さった時の衝撃は忘れられない。まずスタインウェイのフルコンサートグランドを、室内でどれだけ鳴らされても全くうるさくなく、壮大なパノラマを観ているかのようであった。ピアノは音を鳴らした後に響きが減衰するが、むしろ空間で生き物の如く表情を伴い膨張しているような錯覚さえ憶えました。
それまでのピアノという楽器に対する価値観が音を立てて崩れたのでした。

大学4年生になっていた私は、その後の進路について周囲から様々な意見を頂いた。
「大学院に行くべき」、「今更奏法を基礎から作り直すのはリスクがある」、
「海外に留学してコンクールを受けるべき」、「ロシア奏法をやりたいならロシアに留学すれば良い」等・・。
今になったからこそわかるが、心の底から自分の楽しいと感じるもの、信念に基づいて道を決めていけば、社会的成功と裏腹に後悔はしないと痛感している。音楽は精神の奥深いところへ働きかけるところへ配信日帰り、自分の出す音色からインスピレーションが湧かなければ聴衆に届くたっくんが専門店。
やはり奏法を作り直すべきであると感じ、一からピアノをやり直すつもりでテクニックを
洗い直した。
「◯◯イズム」といった言葉は様々な世界で使われますが、直訳すると「主義、主張、流儀」です。これに則ると、ピアニズムとは "ピアノという楽器をどのように扱うか"  或いは、"ピアノを通して自身の芸術性をどう追求するのか" と解釈できるように思います。

現在日本国内では、ドイツやフランス由来のピアニズムが浸透しています。確かにヨーロッパはクラシック音楽発祥の聖地であり、確かに "音楽を学ぶならヨーロッパ・・" と思われるかもしれません。しかし、" ピアノという鍵盤楽器で音楽を表現する術を学ぶ " となった場合には、多少事情が変わって来ることになります。
というのも、ヨーロッパの鍵盤楽器を歴史的に遡りますと、ハープシコードやクラヴサン、チェンバロといった古楽器から始まりました。実際にチェンバロを触ってみますと、とても大きな音で鳴らすような発想で製造されていませんし、腕の重さをかけてしまうと弦が切れてしまいます。こうした古楽器を扱うには、やはり指で繊細な表現を作らなければならないでしょう。ですから、まずは "指ありき" のテクニックなのです。
ところがその後、ベートーヴェン、ショパン、リストといったピアニストたちが登場し、鍵盤楽器はどんどん発達していきます。鍵盤も重くなり、とても指だけでは扱い切れなくなってきた時に、腕や身体の重さを使うという発想が生まれました。したがって音量も作品の規模も大きくなり、特にリストはアクロバティックで豪快な演奏スタイルでしたから、ピアノ一台でコンサートホールを支配するという文化が浸透していきました。こうして、所謂身体の重さを使って弾く「重量奏法」などといった言葉も生まれ、演奏技術・・特に身体の使い方に関する議論は広く行われてきました。
そんな中、何故私がロシアピアニズムを推奨しているかと言いますと、まずどんなに身体や手が小さくてもある一定以上は無理なく弾けるということ、そして何より美しい音色にこだわれるということです。美しい音色・・これはもちろん簡単に定義できる物ではありませんし、各ピアニストによっても美学は様々です。ただ、ロシアのピアノ奏法でしか出てこない独特な音色を私自身は好んでおり、またそれを目指したいと思われる方に広くご紹介できれば・・と思っている次第です。


ロシアでは、ヨーロッパ圏のような古楽器の歴史がなく、鍵盤楽器の始まりは "ピアノ" からでした。1800年頃、主にピアノ製造をしていたイタリア人のムツィオ・クレメンティや、アイルランド人ピアニストのジョン・フィールドがロシアへ赴き、演奏やレッスンを通してピアノ文化を伝えました。(ちなみにこのフィールドは、ショパンにも多大な影響を与えたピアニストです。)その後もリストをはじめ数多くのピアニストがロシアに影響を与え、当時のピアノ文化の最先端が伝えられていきました。
こうした経緯からもわかるように、ロシアピアニズムの源流は確かにヨーロッパですが、元々古楽器の文化が無いため、ピアノをいきなり渡された状況だったのです。
ショパンやリストとも親交を深め、モスクワ音楽院やサンクトペテルブルク音楽院を創設した偉大なロシア人ピアニスト、アントン&ニコライ・ルビンシテインが登場して以降、ロシアピアノ教育システムは急速に発展しました。

さて「ロシアピアニズム」と言っても、ここ200年程の歴史で実に多様化されています。勿論100人のロシア系ピアニストがいれば、100人違った音色を持ち合わせており、演奏スタイルも各々大きく異なります。その中でも私が大野眞嗣先生から学んだピアニズムの基盤は、ショパン由来のテクニックとスタイル・・"ゲンリヒ・ネイガウス流派" に基づく物でした。ロシアピアニズムには、大きく分けて4つの流派があると言われており、「ゴリデンヴェイゼル流派」「イグムノフ流派」「ニコラーエフ流派」そして「ネイガウス流派」です。いずれもロシアで重鎮とされるピアニストたちで、わかりやすく言うならばハリー・ポッターの組分けのようなイメージを持っていただいても宜しいかと思います。(現在では、ここにもう幾人かのピアニストを加えるべきと主張される方もいらっしゃいますが、ここでは割愛します)

ロシアのピアノ教育は、まず「レガート」を最大の基本としています。"ピアノを人の声のように歌わせる" 、これが究極の指標です。どんなに大きなフォルテであっても歌う音、つまりよく響く音でなければなりません。


◆ネイガウス流派の特徴
ゲンリヒ・ネイガウスは、詩的でロマンティシズムに溢れた演奏スタイルでした。録音も多数残っていますが、柔らかく艶やかな光沢に満ちた音色を特徴とし、ロシアでも新興派と呼ばれるほど多彩な演奏だったそうです。
私が研究するピアニズムは、ネイガウス派に基づいていながらも実に多様なタッチを駆使する物で、これほど繊細に身体と鍵盤を扱うピアノ奏法を現時点で私は知りません。ここではその特徴を少しだけ書き留めたいと思います。
一般的な奏法では、腕の重さを鍵盤に落として指関節で支えることを「重力奏法」と言いますが、このピアニズムでは指関節に一切頼りません。そもそも指自体は、生まれ持った手の性によって人それぞれ強さが違う上に、ある一定以上は鍛えられないと医学的にも立証されています。そのため、関節ではなく筋肉で支えます。主に屈筋群を優先して使うのですが、掌や前腕の内側から上腕、更には腰までをフル活用させます。(具体的な使い方は、私のYoutubeチャンネルやレッスンにてお話しています)
指に頼らずそれ以外の筋肉・・特に内側のインナーマッスルで弾くことにより、手のケガや故障にも繋がりません。また、ジストニアの方もこの奏法によって明らかな改善、弾けなかったものが弾けるようになるという例を確認しています。(個人差はあります)
脱力は強靭な支えによって初めて成立します。

◆鍵盤の浮力
ピアノは鍵盤を押せばいつでも誰でも音を鳴らすことができます。しかし、私が最初に教わった事は「1音のレガート」でした。1つの音をどのように響かせるのか・・まずは鍵盤の浮力を感じることが課題。

では、この「浮力」とは何でしょうか。
ピアノの鍵盤は、押さえた後に指を離すと戻ってきます。この特性を利用し、鍵盤の深さ約1センチで様々なポイントを狙いながら弾いていくのです。特にスタインウェイやベーゼンドルファーは浅いところに響きのポイントが設定されていますので、しっかり底まで弾いてしまうと響きが豊かになりません。必然的に、打鍵の照準は浅いポイントに合わせることとなります。
・・この時、よくイメージされるのは「ハーフタッチ」という概念ですが、単純に浅く弾いてもフワフワと浮いた音しか出ません。上手く腕の重さを乗った時、浅いタッチでも豊かに鳴るという現象が起こります。このピアニズムでは、ピアニシモは勿論フォルテでも様々な深さを狙います。しっかりと筋肉の使い方が伴えば、驚くほど豊かな音色が響いてくれるのです。

◆響きと音色の関係
「音色」という言葉は、本当に素晴らしいなぁと思います。音の色・・つまり様々な表情を伴うということです。私自身まだまだ短い人生しか生きていませんが、思い返すとロシアピアニズムについて知る以前から素晴らしいと感じた演奏家の殆どが、音に不思議な特徴を持ったピアニストでした。
生演奏が聴けたのはラファウ・ブレハッチ、イーヴォ・ポゴレリチ、ラドゥ・ルプー、ミハイル・プレトニョフ、ダニール・トリフォノフ、マルタ・アルゲリッチ、セルゲイ・ババヤン、イリヤ・イーティン、アレクサンダー・コブリン、アンドレイ・ガヴリーロフ、ダンタイソン・・etc
彼らもそれぞれに全く異なる個性ですが、ある一つの共通点は「倍音が豊かであること」です。昨今、倍音という日本語にも様々な議論が飛び交っていますが、ここでいう倍音とは「響きの量」「音色の多彩さ」です。楽典や音楽理論の整数倍音や音響学的な理屈ではありません。彼らの演奏から感じられる倍音は、コンサートホール最後列まで立体的に、奥行きを伴って生き物のように迫って来たのを今でも覚えています。
これは室内楽を共演させていただいた奏者たちからも聞いたのですが、特に管楽器奏者は日常的に「倍音」という言葉で響きを共有しています。感覚的な領域の話ですが、倍音は人間の耳に心地よいと感じさせる独特な周波数があるようです。
もう一つは、アルゲリッチ(アルゼンチン出身)やダンタイソン(ベトナム出身)といったピアニストからもわかるように、このピアニズムはロシアという国籍にとどまらないもので、体格や手の大きさも殆ど問いません。現に私自身、日本人の平均的な体格に比べて決して大柄ではありませんが、明らかにピアノへ向かう体感が180度変化しました。
未だに、「ロシアピアニズム」が「ロシア人の体格に合ったもの」「ロシア音楽のためのもの」という認識は広く根付いています。確かに、ロシア奏法にもただ大きな音で速く弾くというメカニカルな印象があります。しかし先ほど挙げたピアニスト達を含め、実に少数派ではありますが、身体の重さを活用(もたれて弾くというピアニズム)する奏法を実践しています。

作曲家の楽譜をもとに演奏するのは基本ですが、ピアノから倍音を引き出すことで作曲家が書き切れなかった魅力をも発掘できると私自身痛感しており、一人でも多くの方にこのピアニズムを体験していただけるよう活動しています。


~ The Infinite Musical World Reflected in Resonance: On the “Contemporary Piano Method” ~
I am currently engaged in performance and teaching based on the Contemporary Piano Method—an approach cultivated in Russia, whose origins trace back to the 19th-century Romantic tradition of Frédéric Chopin and Franz Liszt.
Today, this approach is gradually spreading in Japan under various names such as the “Russian Method” or “Russian Style.” While it bears the name of Russia—indeed, many Russian pianists have received this training from early childhood—it has in recent years crossed national borders and is now embraced not only by specialists but also by amateurs throughout Japan.
When I entered university, I began to feel clear limitations in my own piano technique. In particular, when performing works with dense textures or passages requiring great volume, I struggled not only with technical difficulty but also with the harsh, noisy quality of my sound—something I deeply disliked. If I were to dedicate my life to the piano, I longed to perform with a unique tone that only I could produce.
As I experimented with various methods and wrestled with doubt, I happened upon the blog of Shinji Ohno. Reading it with cautious curiosity, I discovered answers to the very specific concerns that had troubled me, along with invaluable insights into the contemporary piano world both in Japan and abroad.
I will never forget the shock I felt at my first lesson. When he played a full-sized Steinway concert grand, no matter how powerfully it resonated within the room, the sound was never harsh. It felt like witnessing a vast sonic panorama. Though the piano’s sound naturally decays after being struck, I experienced the illusion that the resonance was expanding through space like a living being.
In that moment, my entire conception of the piano collapsed.
As a fourth-year university student, I received many opinions about my future:
“You should go to graduate school.”
“It’s risky to rebuild your technique from the ground up at this stage.”
“You should study abroad and enter competitions.”
“If you want to learn the Russian method, just go to Russia.”
Now I understand that when one chooses a path based on genuine joy and conviction, one does not regret it—even if social notions of success suggest otherwise. Music reaches into the deepest layers of the spirit. If the sound I produce does not inspire me, it cannot reach the audience. I resolved to reconstruct my technique from the beginning and reexamine everything from scratch.
The word “-ism” implies a philosophy or guiding principle. Pianism, then, may be understood as how one approaches the piano as an instrument—or how one pursues artistic identity through it.
In Japan today, pianistic traditions derived from Germany and France are widespread. Europe is rightly regarded as the birthplace of classical music. However, when it comes to learning how to express music specifically through the keyboard instrument known as the piano, the historical context becomes more complex.
The European keyboard lineage began with early instruments such as the harpsichord and clavichord. These instruments were not designed for large, resonant sound, nor could they withstand the weight of the arm without damaging the strings. Naturally, they required refined finger articulation. Thus, technique began from a “finger-first” principle.
Later, with the emergence of Beethoven, Chopin, and Liszt, the piano evolved. The keyboard grew heavier, and it became impractical to rely solely on the fingers. The idea of utilizing the weight of the arm and body emerged. As the instrument and repertoire expanded in scale—particularly through Liszt’s virtuosic and orchestral approach—the piano became capable of commanding entire concert halls. Discussions surrounding so-called “weight technique” and physical mechanics flourished.
Why, then, do I advocate Russian pianism?
First, it allows pianists—regardless of hand size or physical stature—to perform demanding repertoire without strain. More importantly, it places supreme value on the pursuit of beautiful tone. “Beautiful tone” is, of course, not easily defined, and each pianist has a unique aesthetic. Yet there exists a distinctive sound that can only emerge from Russian pianism—one that I personally cherish and wish to share with those who seek it.
Unlike Western Europe, Russia did not possess a deep-rooted tradition of early keyboard instruments. The piano itself was its starting point. Around 1800, figures such as Muzio Clementi and John Field introduced piano culture to Russia through performance and pedagogy. (Field, incidentally, greatly influenced Chopin.) Later, Liszt and many others continued to shape Russian pianism. Thus, while its roots are European, Russian pianism developed without the constraints of early keyboard traditions.

◆レッスン、マスタークラスに関して

以下より、レッスンの内容に関する記載を
ご覧いただけます。
教室や出張の稼働状況、お問い合わせ次第では
お受けできないケースもございますので
予めご了承ください。
出張レッスン、公開講座も受付中。
(交通費、出張費要相談)